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人間国宝 藤原啓 造 備前志野茶碗です。おそらく次男の藤原敬介の窯で焼かれたものだと思われます。用心箱(印籠箱)付き。陶印あり(画像18)。【備前志野(びぜんしの)】志野釉と備前土を融合させたやきもの。藤原敬介(藤原啓の次男)が創始した。【使用上の注意】陶器製品(いわゆる土もの)はその性質上目が粗く、傷がなくても水漏れする場合がございます。「フノリ」や「食器用防水剤」などを用いて目止めする方法があるので、購入者様ご自身のお好みの方法で目止めしてご使用ください。【サイズ】直径:12.9cm高さ:11.8cm重量:643g素人計測のため多少の誤差はご容赦ください。【配達日時指定不可】佐川急便/日本郵便の仕様により配達日時は指定できません。【値下げ不可】こちらの商品は値下げできません。値下げ交渉はご遠慮ください。【藤原啓(ふじわら・けい、1899~1983年)】1899(明治32)年、備前市穂浪生まれ。本名、藤原啓二。少年時代から文学にあこがれ、閑谷中学校に進学するが、4年で中退。1919年に上京し、文学誌社「博文館」に就職。1922年、詩集「夕の哀しみ」を出版。文筆活動や演劇活動のほか、社会主義運動にも身を投じる。1923年、関東大震災に遭い、職を転々とし、1937年に郷里へ帰る。穂浪在住の国文学者正宗敦夫の勧めで備前焼の道へ。三村梅景に築窯、原土の入手、ロクロ成形などの指導を受ける。1938年、備前市穂浪に築窯。1941年からは金重陶陽に焼成法を学び、陶技の腕を磨く。1948年、丸技作家となる。54年、県指定重要無形文化財保持者。55年、日本工芸会正会員。58年、日本工芸会理事。62年、プラハ国際陶芸展で金賞。69年、皇居新宮殿表玄関に擂座壺一対を献上。70年、備前焼二人目の国指定重要無形文化財保持者(人間国宝)となる。77年、藤原啓記念館を設立。83年11月12日没。鎌倉・室町時代の古備前の雑器に見られる素朴さや豪放さに倣い、おおらかで明快な作風で知られる。#tea_bowl #MATCHA 陶磁器 茶陶 茶の湯 焼き物 コレクション 作家作品 物故作家 釉薬 レア 希少 貴重 珍品 デッドストック 志野焼 美濃焼 ハンドメイド
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