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掌にのる大きさの小金銅仏です。今から半世紀前、珍品堂主人・秦秀雄の薫陶を受けた山ノ井良雄氏(古美術商)から譲り受けました。新羅は、古代の朝鮮半島南東部にあった国家ですが、高句麗、百済との並立時代(三国時代)を経て、7世紀中頃までに朝鮮半島中部以南(今の大韓民国に相当)をほぼ統一します。高麗、李氏朝鮮と続くその後の半島国家の祖形となったことは、よく知られています。日本史の年表に則していえば、朝鮮半島で勢力を伸長させた新羅が、唐朝と結んで百済・倭連合軍を打ち破った白村江の戦い以降のことです。新羅は935年に高句麗に滅ぼされるまで続きます。つまり、10世紀半ばまで朝鮮半島を支配したわけです。新羅では仏教が隆盛し、今も各地に寺院跡が残り、多数の金銅仏や銅像が出土しています。本出品の小金銅仏は、統一新羅時代の貴人の所有になる念持仏だったと推測されます。1300年以上前のものですから、相当、古色を帯びています。おそらく鍍金(金メッキ)の仏様だったと思われます。そう思ってみると、蓮華座の一部に黄金の鈍い輝きが見てとれなくもありませんが、何度か火を潜ったものでしょう、全体に黒ずみ、緑青が浮いています。宝冠をいただき、童子のようにのどかに微笑む姿は、夢違観音(法隆寺)や聖観音立像(鶴林寺)を思わせます。頭部に比して短躯で、また、よこからみた姿は、あの百済観音(法隆寺)を彷彿とさせます。ともあれ、同時代の空気を纏った菩薩像であることは間違いないようです。新羅仏は如来像が多く、菩薩像は希少です。写真の台座は、梔子の実を模したといわれる碁盤の脚の一部です。榧製。出品者が見立てて長らくこの姿で座辺にありました。一緒にお譲りします。仏教美術の鑑定は殊に難しいものです。真価を認めてくださる方にお譲りしたいです。70ミリ#金銅仏#新羅#骨董#仏像
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